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名古屋高等裁判所 平成8年(ネ)81号 判決

東京都豊島区南大塚二丁目一〇番二号

平成八年(ネ)第八一号控訴人

日本ランウェル株式会社

(第一審被告、以下単に「控訴人日本ランウェル」とのみいう。)

右代表者代表取締役

山川弘

右訴訟代理人弁護士

藤井繁

中元紘一郎

日下部真治

大阪市中央区伏見町四丁目四番一号

平成八年(ネ)第一〇四号控訴人

日本コルマー株式会社

(第一審被告、以下単に「控訴人日本コルマー」とのみいう。)

右代表者代表取締役

神崎茂

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

青本悦男

細見孝二

名古屋市中区栄五丁目八番二八号

両事件被控訴人(第一審原告、以下単に「被控訴人」とのみいう。)

株式会社フタバ化学

右代表者代表取締役

志水徹男

右訴訟代理人弁護士

後藤昌弘

主文

一  控訴人両名の本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張及び証拠関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の第二(事案の概要)に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正等

1  原判決一〇頁六行目の「不正競争行為」の前に「不正競争防止法二条一項一号の」を加える、

2  原判決一二頁五行目に「同法四条に基づき」とあるのを、「主位的には同法四条に基づき、予備的には民法七〇九条に基づき」と改め、同頁一〇行目に「同法七条に基づき」とあるのを「不正競争防止法七条に基づき」と改める。

3  原判決一四頁一行目及び二〇頁一一行目に「商品表示」とあるのを、「商品等表示」と改める。

4  原判決二三頁五行目を「本件訴訟記録中の原審及び当審の書証目録及び原審の証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。」と改める。

二  当審における控訴人日本ランウェルの主張(控訴理由)

1  商品の類似性について

控訴人ら製品の特徴は、容器本体の上部と、首部とそのくびれ(縦に流れる細かい線条)にあり、これが控訴人ら製品の要部であって、被控訴人製品にはこれが欠けている点で決定的に異なる。さらに、被控訴人製品は旅館、ホテル等の宿泊施設等の浴場において固定して使用されるものであるのに対し、控訴人ら製品は、家庭の浴室で手・指で動かして使用するものであるという相違点を、原判決は無視するもので、認定を誤ったものというべきである。

2  誤認混同惹起行為について

原判決は、控訴人ら製品と被控訴人製品の販売方法の相違、対象市場の根本的な相違を無視し、最後には一般消費者が購入するものである点をとらえて、誤認混同惹起行為に該当するものと認定したが、誤認混同惹起行為という観点からすれば、両製品の販売方法、販売価額、購入層はいずれも全く異なるから、誤認混同が生ずる余地はない。

3  原判決の適用条項の誤り

ボデイソープは全身洗浄用の液体石鹸であって、シャンプー等と同様、一般的な商品名である。したがって、原判決が両者の類似性について認定している被控訴人製品と控訴人ら製品の各面の形状は、ボデイソープなる商品の容器として通常有する形態というべきであって、不正競争防止法二条一項三号の「他人の商品と同種の商品が通常有する形態の除外」に該当する。

また、被控訴人の主張によっても、被控訴人製品は昭和六一年ころには販売されているものであるところ、控訴人ら製品は平成四年四月から同年一二月まで販売されたものであるから、同条項の「最初に販売された日から起算して三年を経過した」後に販売されたものである。

よって、本件は、不正競争防止法二条一項三号の範疇に属するものであるのに、原判決はこれを同法二条一項一号の問題として判断しているものであって、適用条項を誤っている点で取消を免れない。

4  周知性について

原判決は、被控訴人製品の外観の周知性を認定するが、本件においては商品出所の周知性がまさに問題にされるべきであって、これについて触れていない点で誤っている。

5  謝罪広告

控訴人ら製品の販売により、被控訴人の営業上の信用を害したということはない。被控訴人は平成四年度も順調に営業成績をあげており、また、そもそも被控訴人製品と控訴人ら製品とは、対象市場を異にしているから、控訴人ら製品のスーパー等での小売店店頭販売が、被控訴人に対して営業上の信用を害するなどということはない。

控訴人ら製品の販売期間は平成四年四月から同年一二月までの僅かな期間であり、かつ、控訴人らは同年一二月末に自発的に販売を止め、以来相当期間が経過して控訴人ら製品の販売の事実は過去のものとして、一般消費者及び利用者からは忘れ去られているものである。

しかるに、たとえ四年前のことであっても、謝罪広告の強制は、控訴人を業界から放逐するに等しい制裁措置であり、不正競争防止法七条の解釈適用を超えるものであるから、結局原判決は同条の解釈適用を誤ったものである。

三  当審における控訴人日本コルマーの主張(控訴理由)

1  商品の類似性について

控訴人ら製品と被控訴人製品との類似性を判断する基準は、顧客が控訴人ら製品を被控訴人製品と誤認混同して購入するか否か、にある。そのためには、単に両者の容器の類似性だけで判断するのではなく、両製品の販売方法、販売対象等をも考慮し、総合的にみて顧客が控訴人ら製品を被控訴人製品と誤って購入するかどうかを判断すべきである。

原判決は、両製品の容器の類似性につき、その違いは小さく、一般消費者が誤認するおそれがあると判断しているが、これは一般消費者の目を余りにも過小評価するものである。そもそもボデイソープなる商品は同じような容器で多数の製品が販売されているから、特に被控訴人製品を他と区分して購入しようとする場合には、当然にそれなりの注意をもって商品を見るであろうから、控訴人日本コルマーが主張するような容器の相違は、たやすく判別し得るものである。

さらに、両製品は、販売方法、販売価額が全く違い、したがって、顧客の層も異なるのである。この点を考慮すれば、控訴人ら製品を被控訴人製品と誤認混同して購入するなどということは全く考えられない。原判決は、両製品の顧客の違いを区別せず、単に「一般消費者」なる用語で論じているが、両製品の顧客層の相違は歴然としており、これを無視した類似性の判断は誤りである。

2  周知性について

不正競争防止法二条一項一号の「広く認識されているもの」との要件については、相手方の営業地域において周知性があることが必要であり、また相手方が対象とする顧客層に周知されていなければならない。

本件において、被控訴人製品の容器には、右条項により保護しなければならない程の周知性はない。すなわち、被控訴人製品は、温泉旅館、ホテル等の限られた場所にて使用され、販売もそれらの売店か、その製品に同封されている葉書での注文によりなされ、販売対象者も極めて限定されているのである。しかも、その宣伝も、旅館等を対象とされた雑誌になされているだけであり、一般大衆を相手にしたものではない。このような点からすれば、被控訴人製品は控訴人ら製品の販売対象であるスーパー等の顧客層にとっては周知性はない。

原判決は、平成二年に被控訴人製品が一般消費者に約二万本販売され、宿泊施設等の利用者の間で広く知られるようになった、と判示しているが、いかに宿泊施設等の利用者の間で広く知られるようになったとしても、その利用者の数は非常に限定的なものであり、スーパー等の顧客層にとって広く知られるものとは到底言い得ない。

3  謝罪広告について

控訴人ら製品は、平成四年三月末から販売を開始したが、同年末には製造販売を中止し、既に金型も廃棄した。その製造販売期間は僅か一〇か月未満であり、しかも現時点では製造販売中止から相当期間が経過しているから、本件においては、謝罪広告は認容されるべきではない。

4  原判決の摘示する法的根拠について

原判決は、被控訴人が不正競争防止法四条に基づいて損害賠償を求めている旨摘示(原判決一二頁五行目以下)し、また、同法五条一項により損害額の推定をする旨判示(原判決四八頁八行目以下)している。しかし、被控訴人は原審において、民法七〇九条に基づいて損害賠償を求め、商標法三八条一項の類推適用により損害額の推定を主張していたものであって、右摘示及び判示は明らかに被控訴人が主張しない法的根拠を示したものであり、違法である。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する各請求は原審が認容した限度で理由があると判断する。その理由は、左の一のとおり訂正し、二のとおり控訴理由について付加判断するほかは、原判決「事実及び理由」の第四(当裁判所の判断)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決四六頁一一行目から一三行目までを「したがって、控訴人らが控訴人ら製品を製造販売する行為は、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当し、被控訴人は、控訴人らの右不正競争行為により、営業上の利益を侵害されたものと認められる。」と改める。

2  原判決四八頁三行目の「原告に対し、」の後に、「不正競争防止法四条により、」を加える。

二  当審における控訴人らの主張(控訴理由)について

1  商品の類似性及び誤認混同惹起行為(控訴人日本ランウェルの主張1、2及び同日本コルマーの主張1)について

商品の類似性及び誤認混同惹起行為の存在については、原判決の第四(裁判所の判断)の二ないし六(同二三頁一一行目から同四六頁九行目まで)に認定されたとおりであるところ、その類似性については、その認定した容器本体の外観、形状、色、容器に貼付されたシールの形状、位置、色及び記載内容等から総合的に判断すべきであるが、結局、被控訴人製品と控訴人ら製品は、全体としては共通点が多く、類似しているものと認むべきであって、細部の相違を殊更に重大な相違であると主張する控訴人らの主張は採用することができない。

また、控訴人らは、誤認混同惹起行為ないし商品の類似性につき、販売方法の相違等から、両製品の購入層は全く異なる旨主張するが、小売店の店頭販売で購入する顧客が、温泉旅館やホテル等の宿泊施設やゴルフ場を利用することはないというのであればともかく、現在では誰もが容易に温泉旅館、ホテル等の宿泊施設やゴルフ場を利用することは可能であり、また、被控訴人製品が宿泊施設の売店等でも販売されていることからみると、両製品の販売対象者を共に一般消費者ととらえ、控訴人ら製品の譲渡(販売)に対し、不正競争防止法を適用することを違法とは言い得ないところである。

2  周知性(控訴人日本ランウェルの主張4及び同日本コルマーの主張2)について

いわゆる周知性については、原判決第四の三(同二五頁一〇行目から同三〇頁八行目まで)に認定されているとおりである。

ところで、本来、商品の容器・包装は、商品の出所を表示するものではないが、特定の企業の商品に継続的に使用されたり、短期間でも集中的に強力に宣伝広告されること等により、特定企業の商品の出所を示す表示として機能する場合があるため、不正競争防止法二条一項一号に「商品等表示」として挙げられているものである。被控訴人製品は、判示にかかる容器を昭和六一年ころから継続的に使用してきたものであり、その容器を被控訴人の商品であることを表示するものといって差し支えないから、同条項の「商品等表示」に該当するものと認めるのが相当である。したがって、商品の容器若しくは包装が同条項の「商品等表示」に該当する以上、特に製品の容器・包装(外観)の周知性と、商品の出所の周知性とを区別して判断する必要はないものと解すべきである。

また、同条項の「需要者の間に広く認識されているもの」との要件については、控訴人らの営業地域において被控訴人製品の周知性があることが必要であり、また、控訴人らが対象とする顧客層に周知されていなければならないとみるべきではあるが、控訴人ら製品をスーパー等の小売店で購入する顧客と、宿泊施設等を利用し、その売店あるいは通信販売で被控訴人製品を購入する顧客とは当然に重なり合う部分があり、客層を全く異にするといえないことは公知というべきである。結局、両製品は一般消費者を需要者とするという点で共通であって、小売店で控訴人ら製品を購入する顧客層の間でも、波控訴人製品が「広く認識されている」と認めることができる。

3  謝罪広告(控訴人日本ランウェルの主張5及び同日本コルマーの主張3)について

控訴人らは、控訴人らの行為が不正競争防止法の不正競争に該当するとしても、謝罪広告まで認めるのは相当ではない旨主張するが、そもそも不正競争により営業上の信用が害され、損害賠償の支払のみでは償うことができないときは、被控訴人の信用を回復するためには、控訴人らに対して、謝罪広告を命ずる必要があるというべきである。そして、同法の改正前には、混同惹起行為、営業秘密にかかる不正行為、信用毀損行為、代理人の商標冒用行為についてのみ信用回復措置を認め、他は金銭による損害賠償のみとしていたのに、同法の改正後は、第七条により、すベての類型を対象として謝罪広告を認め、被害者の救済の充実を図ることとした趣旨を勘案すると、控訴人らが控訴人ら製品を製造販売したのが平成四年四月から同年一二月末までの期間であり、同年一二月末に控訴人ら製品の製造販売を中止していること等を考慮しても、なお、原審のこの点についての請求の一部認容(被控訴人の請求どおりの謝罪広告を認めたものではなく、平成四年一二月まで製造販売したことのみに対する謝罪広告に内容を変更し、かつ、各新聞への掲載を一回に限定している。)は相当であるというべきである。

4  原判決の適用条項の誤り(控訴人日本ランウェルの主張3)について

不正競争防止法二条一項一号は、「他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示」の使用を不正競争に該当するものとして禁止するもので、いわゆる周知性のある商品等表示を保護するものであるのに対し、同項三号は、不正競争防止法の改正(平成五年五月一九日公布の同年法律第四七号による改正)により、周知性の有無を問わず、最初に販売された日から三年を経過する以前の他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為(いわゆるデッドコピー)を新たに不正競争として位置づけたものである。近年、商品サイクルの短縮化、流通機構の発達、複写・複製技術の発展を背景として、他人が市場において商品化するために、資金・労力を投下した成果の模倣が容易に行い得る場合も生じているところ、改正前の不正競争防止法では、周知性のある商品等表示性を獲得していなければ、模倣商品に対して効果的な対応が図れなかった不合理を是正するため、改正後の右条項により、これを保護の対象とし、いわば、周知性を獲得するまでの期間におけるデッドコピーを禁止したものである。

本件においては、被控訴人は、同法二条一項一号(改正前の同法一条一項一号)の不正競争に該当する旨主張して損害賠償を求め、原判決もこれを認めたものであり、周知性、商品等表示性について前記のとおり認められる以上、原判決が同法二条一項一号を適用した点に何ら違法はない。控訴人日本ランウェルの同条一項三号によるべきであるとの主張は理由がない。

5  原判決の摘示する法的根拠(控訴人日本コルマーの主張4)について

なるほど、本件記録によれば、被控訴人は、原審において、損害賠償を求める法的根拠として民法七〇九条のみを主張し(訴状及び平成六年一一月二四日付訴変更の申立書)、改正後の不正競争防止法四条(又は改正前の同法一条ノ二)を明示していないことが認められる。これに対し、原判決は、被控訴人の損害賠償請求が、不正競争防止法四条に基づくものと善解して、その一部を認容した。(更に当審において、被控訴人は、主位的には不正競争防止法四条に基づき、予備的には民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めるものである旨明示的に主張した。)

しかしながら、原審において、被控訴人は、控訴人らが不正競争防止法の不正競争に該当する行為をしたことを理由に、損害賠償を求めているものであることは明らかにしており、また、その損害の主張についても、被控訴人の厳密な意味での権利侵害の個別の事実の主張まではせず、単に営業利益が侵害された旨主張し、かつ、その営業利益の侵害による損害としては、不正競争行為によって控訴人らが受けた利益を主張していること、不正競争防止法に基づく差止請求を併せてなしていること、以上の各点からすると、被控訴人は、原審においても、黙示的に不正競争防止法四条に基づく請求も併せてなし、且つこれを前提として、賠償の算定について同法五条一項の推定規定の適用をも主張していたものと善解することができ、また、そのように解したとしても、控訴人らにとって不意打ちになるわけではないから、原判決が弁論主義、処分権主義に反して、当事者が請求していない請求を認めたということにはならない。(なお、同法改正に伴う経過措置第二条によれば、改正後の同法一条一項一号の規定は、法律施行前に生じた事項についても適用されることが明らかである。)

第四  結論

よって、被控訴人の請求を原判決主文記載の限度で認容した原判決は相当であって、本件各控訴はいずれも理由がないから民訴法三人四条によりこれを棄却し、訴訟費用につき同法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判訣する。

(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 岩田好二 裁判官 山田貞夫)

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